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かしわのタウンニュース




NO.1151



柏市指定無形文化財「船戸のおびしゃ」演じられる!
(2005年1月16日)


 1月16日(日)の午後、船戸地区の鎮守である船戸天満宮の氏子と柏市長をはじめとする来賓が船戸会館に集まり、毎年恒例の「船戸鎮守奉社祭典」、すなわち柏市指定文化財ともなっている「船戸のおびしゃ」(びしゃ=奉社)が行われました。船戸天満宮の神主による神事の後、酒宴の余興として、三助踊り、口上、三番雙、おかめ踊りが演じられました。

 船戸天満宮の氏子は現在174戸あり、それが6つの組合(斑)に分ゥれ、毎年回り持ちで当番になり、_事の後の祝宴、余興を担当しています。当番になった斑は、役割分担を決め、1年間練習に励んで来たそうです。6年に一回の当番だけに詳細が不確かになっていることも多く、準備がなかなか大変だったそうです。

 おびしゃは新春に行われる村寄り合いの大切な行事で、千葉県に多く、もともとは弓を射って的に当てることでその年の豊凶を祈るものだったそうですが、船戸のおびしゃでは、的射は伝承されず、その後に行われる酒宴での踊りだけが伝承されています。
 かっては船戸天満宮で神事をしてから4区域の旧家4軒を毎年回り持ちで宿として酒宴が行われていましたが、氏子が増えたこともあり、大正時代以降は神事・酒宴とも医王寺の本堂に移りました。しかし、隙間風も多く、寒い日はなかなか大変だったそうです。医王寺の時代が長らく続いていましたが、平成になり、新設された船戸会館に移転、寒い日もゆっくりと「おびしゃ」を楽しめるようになったと、地区の古老は嬉しそうに語ってくれました。

 酒宴の余興は、三助踊り、口上、三番雙、おかめ踊りで構成されています。会場は細長い畳敷きの大広間で、前の方に神棚が祀られ、後ろが舞台となっています。御囃子の5人は舞台に留まったままですが、三番雙以外では、踊り手は後ろの舞台から出てきて広間を神棚の方へ向かい、神前で踊ったり舞ったりした後、再び舞台に戻って行きました。
 「三助踊り」では、裃を着け威張った感じの代官が登場し、その後に頬紅をつけ、おかしく面白い振る舞いをする三助奴さん、槍などの武具を持った3人の奴さん、それぞれ天狗、恵比寿天、大黒天、高砂の尉、高砂の姥の面を付けた5人の従者が大名行列風に練り歩き、船戸天満宮に詣でました。途上、三助奴がいくらおかしなことをやっても代官は少しも笑わない。その無表情さが列席者の笑いを呼んでいました。
 その後、古来の儀式通り、当番役から江戸時代さながらの言葉まわしでゆっくり酒宴を楽しまれるようにとの主旨の「口上」が朗々と述べられました。なかなかの名せりふでした。
 続いて氏子の娘さんが演ずる「三番雙」が神前に奉納されました。三番雙は男性が舞うところも多いようですが、ここでは伝統的に女性が舞うそうです。神に捧げるおごそかな舞でした。
 最後は、「おかめ踊り」です。面を付けたおかめの後に、お猿やひょっとこのお面をつけた6人が従う。ひょっとこたちはそれぞれに大きな男根を持ち、それをこすったりして酒宴の席を大笑いさせながら踊り歩きました。一旦舞台まで下がった後、おかめとひょっとこたちは厳かな雰囲気で再び神前に登場、天の岩戸前の踊りを奉納しました。

 この船戸地区は、江戸時代に現在の柏市から沼南町にかけてを飛領地としていた田中藩が最初に代官所を置いたところです。その由縁があって今回は静岡県から田中城歴史研究会のメンバー5名が参加し、「船戸おびしゃ」を楽しんでいました。

 なお、船戸天満宮は柏市内唯一の天満宮で、湯島天満宮、北野天満宮、大宰府天満宮などと同じく、菅原道真を祭る学問の神様です。社殿が老朽化したため現在建替え中で、今年中には新しい社殿が利根川に臨む台地の上に姿を現すそうです。


余興に入る前に町会長さんが挨拶。広間の前には船戸天満宮の祭壇が飾られている。


三助奴が代官を笑わせようと可笑しな振る舞いを次々と行なう。


船戸天満宮に着き、代官が挨拶をするところ。この時ばかりは三助奴も神妙に頭を下げている。


氏子の娘さんによって演じられる三番雙の舞。


おかめ踊り。ひょっとこ達は怪しげな動きをしている。



 柏市・風来坊




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